books

March 24, 2006

『ザーヒル』

私はまず、子供のころに習った詩の一節を思い返した―

『人々に望まれぬものが訪れるとき
私は恐れるかもしれない。
あるいは笑みを浮かべてこう言うかもしれない。
わが一日はいい一日だった、さあ、夜よ降りてこい。』

その通りになればいいと私は思う―
すべてのものがその場所におかれているように。

たとえ、今日、死ななければならなかったとしても、
自分の人生で起こったすべてのことにかかわらず、
幾多の敗北にもかかわらず、
自分がこうむった数々の不正、
他の人に課した数々の不正にもかかわらず、
最後の一分までちゃんと生き続け、
確信をこめてこう言いたいのだ―

「わが一日はいい一日だった、さあ、夜よ降りてこい」と。

from 『ザーヒル』
by パウロ・コエーリョ


*****************

コエーリョは道徳の教科書のためにしか
書かないつもりなのかと思っていた。
すばらしい作品だった。
これは彼の最高傑作になるんじゃないか?

chakovsky at 19:57|PermalinkComments(2)

August 05, 2005

moments

友達に薦められた本を読むのが好きだ。
薦めてくれたアノ人はこの箇所に感動したんだろうな、
そんなことを想像しながらページを捲り、
目の前に新しい世界がひらけていくのを感じる。

というわけで、今日は「山頭火随筆集」からの抜粋。

***

『新刊書を買うて帰るときの感じ、
 恋人の足音を聞きながら、その姿を待つときの感じ、
 新鮮な果物に鋭利なナイフをあてたときの感じ。

 その日の新聞を開いときの匂い、
 初めて見る若い女性に遭うたときの匂い、
 吸物碗の蓋をとったときの匂い、
 エジプト煙草の口を切ったときの匂い、
 親友から来た手紙の封を切ったときの匂い。

 穏やかな興奮と軽い好奇心と浅い欲望と。』

***



chakovsky at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

December 16, 2004

"Intimacy"

『今夜、私の心は将来に対する不安に苛まれている。
 自分の人生のうちの何を、そして周りにいる人のどんな部分を
 大切に思っているのか、ちゃんと考えなくてはならない。
 でないと、知らない間に全ての可能性を潰してしまって、
 将来を完全な荒地にしてしまうことになる。
 残念なことに、将来にたどり着くためには
 今日という日を生き抜かなければならないのだ。』

            by Hanif Kureishi "Intimacy"

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October 12, 2004

I "must" be happy

『しかし、私がこの状態に満足しているということは、
 もとより一瞬間といえども疑いのないこと、
 疑い得られないこと、疑うを許されないことである。

 なぜなら、もう一度繰り返すが、
 しかも捨鉢に力をこめて繰り返すが、
 私は幸福でありたいと思っているし、
 また幸福でなければならないのだ。

 「幸福」を天才、高貴、愛嬌の一種とする見方、
 「不幸」をなにか醜い、陽の目を恐れる、卑しむべきもの、
 一言で言えば憫笑すべきものとする見方は、
 極めて深く私の心に根ざしているのだから、
 もし私が不幸であるとしたら、
 私はもう自分自身を尊ぶことができなくなってしまう。

 どうして私は、不幸であることを自分に許すことができよう。』


      from "Der Bajazzo"
      by Thomas Mann



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August 03, 2004

曖昧な立ち直り

『大体、行き詰まるときって
 本当に次元の低い、具体的なことが
 原因なんですよ。

 悩みの次元も低いし、
 やけに具体的なことだったりして、
 それだけに、そのときは本当に辛い。

 大体は「自分には力がないんじゃないか」
 ということで苦しむのだけど、
 どうにかして仕事を切り抜けちゃった後は
 「何とかやっていけるかもな」と
 非常に曖昧な立ち直り方をしてしまう。

 「こんなに力がないのだったら、
 もう足を洗ったほうがいいのではないか」
 と思うこと自体は良いことなんです。

 でも“何となく立ち直る”のはいけない。
 一歩でも二歩でも前進してるということを
 細かく、ちゃんと、確認していくこと。
 そうすればやっていけそうな気がするものです。』

by 高畑勲
スタジオ・ジブリ


chakovsky at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 02, 2004

music and society

『音楽はいろんな意味で
 物理的な法則への反抗だと思っている。
 その一つが沈黙との関係だ。

 サウンドは一過性のものであり、
 沈黙ときわめて具体的な関係を持っている。

 物体が地面に引き寄せられるのと同じように、
 サウンドもまた沈黙に引寄せられる。

 音楽をつくるという行為は、
 自然の摂理法則の多くを
 拒絶しようとするものであるゆえに、
 勇気ある行為なのだ。

   from 「音楽と社会」
バレンボイム&サイード



chakovsky at 19:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

music and society

『音楽はいろんな意味で
 物理的な法則への反抗だと思っている。
 その一つが沈黙との関係だ。

 サウンドは一過性のものであり、
 沈黙ときわめて具体的な関係を持っている。

 物体が地面に引き寄せられるのと同じように、
 サウンドもまた沈黙に引寄せられる。

 音楽をつくるという行為は、
 自然の摂理法則の多くを
 拒絶しようとするものであるゆえに、
 勇気ある行為なのだ。

   from 「音楽と社会」
バレンボイム&サイード



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August 01, 2004

still life

『この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。
 世界はきみを入れる容器ではない。

 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、
 どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐ立っている。

 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。
 それを喜んでいる。
 世界の方はあまりきみのことを考えてないかもしれない。

 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、
 きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、
 一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星をみるとかして。
 

     from "Still Life"
        bv Natsuki Ikezawa


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July 30, 2004

能をつかんとする人

『能をつかんとする人、
 よくせざらんほどは、なまじに人に知られじ、
 うちうちよく習ひ得てさしいでたらんこそ、
 心にくからめとつねに言ふめれど、
 かくいふ人、一芸も習ひ得ることなし。

 いまだ堅固かたほなるより、
 上手の中に交じりて、
 そしり笑はるるにもはぢまず、
 つれなき過ぎて、たしなむ人、
 天性その骨なけれども、道になづまず、
 みだりにせずして、年を送れば、
 堪能のたしなまざるよりは、
 つひに上手の位にいたり、
 徳たけ、人に許されて、
 双びなき名をうることなり。

 天下のものの上手といへども、
 はじめは不堪の聞こえもあり、
 無下の暇瑾もありき。

 されどもその人、
 道の掟正しく、これを重くして、
 放埓せざれば、世の博士にて
 万人の師となること、
 諸道かはるべからず。』


第百五十段 徒然草 
吉田兼好




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chakovsky
人との関わりのなかでしか自分を見出せない、action ならぬre-action な人間。数字や詳細に弱く、周りはざっくりとした雰囲気でしか捉えていません。ま、細かいこと言うなよ。な。
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